コーヒーの酸味が苦手なのはなぜか ― 酸味は3つに分けられる
「コーヒーの酸味が苦手」。そう口に出すと、詳しい人ほど「いい酸味を知らないだけ」と返してきます。けれど、実際にネット上へ書かれた言葉を集めて読むと、その人たちが飲まされてきたものは、ひとくくりにできるようなものではありませんでした。シツジ珈琲®では、「酸味が苦手」を3つに分けて考えています。
【直答】コーヒーの「酸味が苦手」は、①豆の素材に由来する酸、②焙煎に由来する酸、③焙煎後の経過日数に由来する酸の3つに分けられます。①は好みの問題、②と③は品質の問題です。
冷めたときに酸っぱい・渋い・まずいと感じるなら、豆の側の問題である場合が大半です。
苦手だと思うのは、当然のことです。

まず、あなたの舌はおかしくない
コーヒーの酸味が苦手だと言ったとき、返ってくる言葉はだいたい決まっています。「本物の酸味を知らない」「浅煎りのよさが分からない」「素人の味覚」。そうやって何度か言われるうちに、多くの人は口をつぐみます。
……苦いコーヒーは好きなのですが…酸味?のあるブラックコーヒーがどうしても飲めません。 不味いと感じてしまいます。 周りの人に聞いてみても、 あのコーヒーが一番美味しいのに と私が不味いと思った商品が一番美味しいと言われました。 私の味覚がおかしいのでしょうか?……
Yahoo!知恵袋より抜粋
「私の味覚がおかしいのでしょうか」。この一文が、いま起きていることのすべてを表しています。おいしくないと感じた本人が、自分の側を疑わされている。
浅煎りのコーヒーが酸っぱくて苦手なんですが、それを言うと「素人さんてそうなんだよ」って言われました。どう言う意味でしょう?
(同)
酸味のあるコーヒーが流行っているのでしょうか? スペシャルティコーヒーなどこだわってるコーヒー豆屋さんほどコーヒーが酸っぱいと思います。
酸っぱいコーヒーを美味しいと思わないのでなかなか辛いですね。(同)
すっぱいコーヒー苦手なんですが、だいたい苦手じゃないですか?酸味が強いのは。 カフェで、それしか置いてないのはどうかと思いますよね?……
(同)
……家族も友人もみんな酸味のあるコーヒーが苦手なのですが、 ・酸味のある(強い)コーヒーを好む方って結構いらっしゃるのですか??……
(同)
コーヒーが嫌いな人の言葉ではありません。全部、コーヒーが好きな人の言葉です。好きだからこそ買い続け、買うたびに外れを引き、そのうち「自分がおかしいのかもしれない」と考えるようになっている。
もともと酸味全般が苦手なのですが、珈琲の苦味やコクは大好きなので酸味の少ないコーヒーを楽しみたいです。美味しいコーヒーに酸味はつきものというのは重々承知の上です!……
(同)
質問サイトの外でも、同じことが起きています。個人のブログには、こう書かれていました。
自分もそうで、酸っぱいコーヒーは苦手で、浅煎りの豆のおいしい淹れ方というのがわからなかったので、避けていた。というか、単純に浅煎りの豆が好きな人はあの酸味が好きな人で、完全に好みが違うので分かり合えないのだ、と思っていた。
はてなブログの個人の記事より抜粋
「完全に好みが違うので分かり合えないのだ、と思っていた」。純粋に、好きな人と嫌いな人がいる、ということです。
買った人のレビューでも、およそ40%が「酸味が苦手」と書いている
Yahoo!ショッピングで★4〜5を付けた人のレビューを一定数集めたところ、およそ40%が「自分は酸味が苦手だ」と書いていました。
酸味があまり好きではないので、毎回初めてのショップはドキドキしますが、このショップのコーヒーは苦味もしっかりしていて、苦手の酸味もなく美味しくいただくことができました!
Yahoo!ショッピングのレビューより抜粋
……酸味が苦手なのですが、このコーヒーは酸味がそんなに気になりませんでした。
(同)
それほど、コーヒーの酸味を苦手としている人がいる、ということです。
シツジ珈琲®は、この人たちに向けて「慣れてください」とは言いません。苦手だと感じるのは当然だ、というところから話を始めます。ただし「酸味は悪だ」とも言いません。ひとくちに酸味と呼ばれているものが、実は3つの別々のものだからです。
世の中では「酸味は2種類」とされてきた
酸味を分けて考える発想そのものは、以前からあります。実際、こう書いている人がいます。
……以前コーヒーのことについて書かれていた本で「酸味には2種類あって、豆が酸化してしまって出た不味い酸味と、浅煎りのしっかりとした酸味(?)があって、酸味が苦手という人は前者の方の体験なのではないか」的な事が書かれていました。……
Yahoo!知恵袋より抜粋
酸化した酸と、浅煎りの酸。この2分類は、おおむね正しい方向を向いています。けれども、この2つでは説明のつかない声が、集めた言葉のなかにたくさん残りました。
たとえば、深煎りを選んだのに酸っぱかったという声です。
……酸味があるのが少し苦手なので深煎りのものを購入しましたがミルで挽いて飲んでみるとわりと酸味を感じました。他の深煎りのものも買ってみましたがやはり酸味を感じました。……
(同)
酸化でもなく、浅煎りでもない。買ったのは深煎りで、しかも挽きたてです。それでも酸を感じている。2分類ではここが落ちます。
売り手の側では、酸味は「★の数」になっている
では、売る側は酸味をどう説明しているのか。深煎り豆の商品説明を36件集めて読みました。酸味に触れているものが22件、そのうち7件は、こういう書き方をしています。
……
香り:★★★☆
コク:★★★★
甘味:★☆☆☆
苦味:★★★★
酸味:☆☆☆☆……Yahoo!ショッピングの、ある通販店の商品説明より抜粋
星の数です。強いか弱いかという、1本の目盛り。どこから来た酸なのかは、どの説明にも書かれていません。そして多くの場合、酸味は少ないほど良いものとして扱われています。
酸味が出ないため濃くても薄くてもお楽しみいただけます
(同)
買う人は、この目盛りしか渡されないまま選んでいます。だから「酸味★1」を買って酸っぱかったとき、何が起きたのかを説明する言葉が、どこにもない。
シツジ珈琲®は、酸味を3つに分ける
シツジ珈琲® TOKYO の「よくあるお問い合わせ」には、こう書いてあります。
「酸味が苦手」は大きく分けて3つあると考えています。1つ目は豆そのものの素材に酸が多く含まれているもの。昨今のスペシャルティはこの傾向にあります。浅煎りが苦手な人はおいしく召し上がれないと思います。2つ目は焙煎によるもの。昨今のレシピは火が十分に行き渡らず、生焼け感・タンニンを多く含むような収斂性の酸を豊富に含むものが多いように感じます。これは純粋に味付けの問題です。そして3つ目は焙煎後の経過日数。せいぜい1ヶ月がいいところですが、自家焙煎店以外のコーヒー豆は、2ヶ月以上経過しているものが大半です。いわゆる酸化してしまったよくない酸味です。
総じて、冷めたときに酸っぱい・渋い・まずいと感じられる場合は、豆の問題である場合が大半で、苦手と思うのは当然かと思います。
シツジ珈琲® TOKYO「よくあるお問い合わせ」より
3つを並べると、こうなります。
| ①素材の酸 | ②焙煎の酸 | ③時間の酸 | |
|---|---|---|---|
| 出どころ | 生豆そのものが持っている酸 | 火が十分に入っていない焙煎 | 焙煎してからの日数(酸化) |
| 誰が決めるか | 産地・品種・精製・等級 | 焙煎する人 | 売る人と、買った人の保管 |
| 味の出かた | 果実のような明るい酸 | 酸に渋み・えぐみが混じる | 古い油のような、ぼやけた酸 |
| 性質 | 好みの問題 | 品質の問題 | 鮮度の問題 |
| 飲み手に分かるか | 買う前に表示で分かることが多い | 飲むまで分からない | 焙煎日の表示がなければ分からない |
この分け方がなぜ大事かというと、「酸味が苦手」と言っている人の多くは、①ではなく②と③を飲まされているからです。①は好みの分かれるところですが、②と③は好みではなく、品質です。そして品質の問題を「好みの問題」として扱われてきたことが、冒頭の「私の味覚がおかしいのでしょうか」を生んでいます。
①素材の酸 ― 豆がもともと持っている酸
コーヒーの生豆には、もともと有機酸が含まれています。産地・品種・標高・精製方法によって量も種類も変わり、標高が高く、丁寧に精製された豆ほど、明るくはっきりした酸を持ちます。この酸は欠陥ではありません。近年のスペシャルティコーヒーは、この酸を価値として取り出す方向へ進んできました。

だから、この酸は「よろしくない」ものではありません。ただし、苦手な人にとっては最後まで苦手です。慣れの問題でもなければ、勉強すれば好きになるものでもありません。よくあるお問い合わせにある「浅煎りが苦手な人はおいしく召し上がれないと思います」は、そういう意味です。
ここで起きているのは、味の問題というより言葉の問題です。売り手の側では、この酸を「甘み」と説明することがあります。
……コーヒーの資格を複数持っているという女性の先輩が「コーヒーの酸味は甘味ですよ?酸味じゃない、甘味なの!」と力説していました。……
Yahoo!知恵袋より抜粋
この人は、そのあと具体例で説明を受けています。グレープフルーツは酸っぱいけれど甘さも感じるだろう、と。それでも納得できずに、こう書いています。
……それに、グレープフルーツの酸味はやはり酸味であって、甘味は別もののようにしか思えません。……
(同)
専門家の語彙のなかでは、この説明は間違っていません。完熟した果実の酸は甘さと切り離せず、その一体感を「甘み」と呼ぶ流儀があります。けれども、その語彙を共有していない人に向けて同じ言い方をすると、「酸っぱいと感じた自分がおかしい」という結論だけが残ります。
たぶん、表現が浅くて申し訳ないのですが、「酸っぱい」という感想が頭にいっぱいあるせいで一口目から受け付けない感じになってしまいます。深煎りは毎日挽いて飲んでます。
(同)
そもそも「コーヒーの酸」はひとつの物質ではありません。淹れたコーヒーからは、クエン酸・リンゴ酸・酢酸・乳酸・リン酸・キナ酸・グリコール酸、そしてクロロゲン酸類が検出されます。ブラジル・ボリビア・ケニアの豆を、浅煎りの範囲で焙煎度を変えて調べた研究では、焙煎が進むにつれてクエン酸・リンゴ酸・クロロゲン酸は減り、酢酸・乳酸・リン酸・キナ酸・グリコール酸は増えました。
同じ研究には、もうひとつ大事な結果があります。リンゴ酸・酢酸・乳酸については、人が単独で感じ取れる濃度が、実際のコーヒーに入っている濃度より高かったのです。単独では気づけない量しか入っていない。実際の濃度が閾値を上回っていたのは、クエン酸だけでした。「酸っぱい」という感覚は、ひとつの酸の量では説明できないということです。
クロロゲン酸類については、129報・8,634点の測定値を集めたメタ分析があります。アラビカでもロブスタでも主成分は5-CQA(5-カフェオイルキナ酸)で、焙煎が進むとすべてのクロロゲン酸類が減ること、その総量は豆の種類よりも焙煎度に強く左右されることが示されています。
ここから読み取れるのは、「生豆が持っていた酸が、そのままカップに出てくるわけではない」ということです。①は出発点であって、到着点ではありません。
シツジ珈琲®がこれをどう扱っているか。ニュートラルイーブン製法™の第1工程は「生豆選定」です。いつも変わらぬ味であることを基準に、老舗が好む生豆を仕入れます。刺激の強い方向(アーユルヴェーダでいうラジャスの傾向)へ振れた生豆を選ばない、という引き算から始めています。味を足して個性を立てるのではなく、あまみを覆い隠すものを入り口で減らす。①の酸に対しては、豆を選ぶ段階で答えを出しています。

②焙煎の酸 ― 火が通っていないことによる、収斂性の酸
3つのうち、いちばん見えにくく、いちばん誤解されているのがこれです。よくあるお問い合わせの言葉を、もう一度置きます。
2つ目は焙煎によるもの。昨今のレシピは火が十分に行き渡らず、生焼け感・タンニンを多く含むような収斂性の酸を豊富に含むものが多いように感じます。これは純粋に味付けの問題です。
収斂(しゅうれん)とは、口のなかの粘膜がきゅっと縮こまるような感覚のことです。渋柿を噛んだとき、濃い緑茶を飲んだとき、若い赤ワインを口に含んだときの、あの感じ。味覚というより触覚に近い刺激で、主にタンニンなどのポリフェノールが引き起こします。
ここが肝心なところです。収斂性の刺激は、酸味そのものではありません。けれども酸と同時に来ると、飲んだ人はそれを「酸っぱい」と記憶します。舌の上では、鋭さと、口がすぼまる感じと、あと味の残りが、ひとつの不快としてまとまってしまうからです。
だから、②の酸を飲んだ人の言葉には、「酸っぱい」と「渋い」「えぐい」が同居します。
……ここ数年、サードウェーブブームの影響か、浅煎り、中煎りのお店が増えてきたように思います。 しかも、その殆どが、皺々の豆面で、要りムラもかなりあり、 飲んでみても正直なところ、酸味、えぐ味が酷く、特に少しぬるくなると飲めないです。……
(同)
……あのような味を、皆さんは、本当に美味しいと思われているのでしょうか?……
(同)
豆の見た目と煎りムラについての観察と、「酸味、えぐ味」「ぬるくなると飲めない」という味の記述が、同じ人の口からひと続きに出ています。これは①の酸の話ではありません。豆の素材ではなく、その豆に火がどう入ったかの話です。
そして②は、焙煎度の表示では防げません。「深煎り」という表示は、どこまで色をつけたかを言っているのであって、芯まで火が通ったかを保証してはいないからです。だから先に挙げた「深煎りを買ったのに酸味を感じた」が起き、銘柄で選んでも外れます。
スペシャルティコーヒーが売りの喫茶店に入ってマンデリンを頼んだんだけど、強烈な酸味でぶっちゃけ激まず。マンデリンってこんなにまずいの?酸味が少なめって聞いてたけど、めっちゃ酸っぱいよ。……
(同)
マンデリンは苦味の側の銘柄として知られています。その銘柄で「強烈な酸味」が出るということは、銘柄が決めているのではなく、焙煎(あるいは鮮度)が決めているということです。
では、なぜ火が入りきらないのか。焙煎の前半は、豆のなかの水分を抜く時間です。ここを急ぐと、表面の色だけが先に進み、芯には水分と未反応の成分が残ります。外から見れば「深煎り」でも、中までしっかり火が通っていない。ここに残ったものが、渋みをともなう酸として出てきます。つまり②は、焙煎度の深さの問題ではなく、時間のかけ方の問題です。
これはシツジ珈琲®だけが言っていることではありません。同じ考え方は、売り手の商品説明のなかにも見つかります。
一般的にキリマンジャロは「酸っぱい」(酸味が強い)と思われていますが、当店は焙煎で水分をしっかり抜くことで、「酸味」をなくしています!
非常に生豆内の水分が多いがこの水分をちゃんと抜かなければこの「酸味」は抜けません。……Yahoo!ショッピングの、ある通販店の商品説明より抜粋
……世界中の焙煎士から評価されるドラム型焙煎機で、豆の芯までしっかり火を通し、雑味の少ないきれいな味わいに仕上げました。……
(同)
「水分をちゃんと抜かなければこの『酸味』は抜けません」「豆の芯までしっかり火を通し」。焙煎で酸が決まること、芯まで火を通すことが品質であることは、業界の言葉としても書かれている。問題は、それが買う前に確かめられないということです。
「焙煎の途中で酸がどう動くか」は、実際に測られています。焙煎中のコーヒーを一定間隔で取り出し、滴定酸度(含まれている酸の量に対応する値)を追った研究では、酸は焙煎の途中で増え、1ハゼでピークに達し、2ハゼまでに元の値へ戻りました。数値でいうと、はじめが2.2±0.3、ピークが4.9±0.2(試料40mLを中和するのに要した水酸化ナトリウム溶液のmL数)です。
同じ研究で、焙煎の進め方を変えるとピークが来る時刻は変わりました――立ち上がりの速いやり方では8分ごろ、遅いやり方では13分ごろ――が、ピークの高さそのものは変わりませんでした。増える酸はギ酸と酢酸で、糖から作られると考えられています。減る酸はクエン酸とリンゴ酸で、コハク酸・フマル酸・マレイン酸へ分解されます。
ここが②の核心です。酸は焙煎の途中で作られ、途中で壊される。だから、どこで火を止めたか、時間をどう配ったかで、カップに残る酸は変わります。
「同じ焙煎度でも中身は違う」ことも調べられています。焙煎後半の時間(発達時間)だけを変えた4つのやり方を、訓練された評価者と機器分析の両方で比べた研究では、発達時間が短いほど果実感・甘み・酸味が強く出て、長いほどロースト感・ナッツ感・苦味へ寄りました。色の濃さではなく、時間の配り方が味を決めているということです。
豆の内部に均一に火が通っているとも限りません。焙煎中の豆を数値計算で解いた報告では、豆の中心と表面のあいだに16℃の温度差が生じたとされています。
そして収斂の正体です。渋みは、いまのところ味覚ではなく口のなかの触覚として説明されています。タンニンなどのポリフェノールが唾液のタンパク質、とくにプロリンに富むタンパク質と結びつき、集まって沈殿する。これが最も広く受け入れられている説明です。舌の受容体が「渋い」という味を受け取っているのではなく、口のなかで起きている物理的な変化を、触覚として拾っている、という筋道です。
コーヒーでも、この触覚の側は測られはじめています。コーヒーの「ボディ」は口を覆う感じ・収斂・粉っぽさ・厚みからなるとされ、クロロゲン酸のうち3-CQAと4-CQAが、口を覆う感覚にわずかながら有意に効いていたという報告があります(ただし濃度と感じ方の関係は単純ではなく、逆向きでした)。クロロゲン酸類は、味だけでなく口ざわりも動かしているということです。
焙煎が進むほどクロロゲン酸類が減るのなら、火の入りが足りない部分にはそれが多く残っていることになります。「生焼け感のある豆に収斂性の酸が多い」というシツジ珈琲®の実感は、この筋道でなら説明がつくと考えています。煎りムラのある豆で収斂が強まることを直接測った研究は、いまのところ見当たりません。今後そうした検証結果が出てくるかどうかを、見守っています。
シツジ珈琲®がこれをどう扱っているか。ニュートラルイーブン製法™の焙煎工程をサットヴァ・ローストと呼びます。一般的な焙煎では、水分は「早く抜くべき敵」として扱われます。サットヴァ・ローストでは逆に、下味=水抜きの工程を最も重要な時間と位置づけ、通常のレシピの2倍近い時間をかけます。豆の表面だけに火が入って内部との温度差が広がる状態を避け、芯まで均一に火を入れるためです。生焼け感が残らなければ、収斂性の酸はそもそも生まれません。

もうひとつ、抽出側でも手を打っています。第7工程のコーノ式かなざわ抽出法は、必要量の約3分の1だけを粉から抽出し、残りは湯を加えて仕上げる方法です。タンニン・渋味・重い苦味は抽出の後半に出てくるため、そこへ入る前に抽出を終えれば、渋みがそもそもカップに入りません。焙煎で生まれないようにし、抽出で引き出さない。②に対しては、この二段構えで臨んでいます。

③時間の酸 ― 焙煎後の日数がつくる、酸化した酸
3つ目は、豆がどれだけ良くても、焙煎がどれだけ正しくても起きます。焙煎された豆は、その日から酸素と反応しはじめ、脂質が酸化していきます。甘い香りの成分から先に失われ、あとには角の立った酸が残ります。
そして3つ目は焙煎後の経過日数。せいぜい1ヶ月がいいところですが、自家焙煎店以外のコーヒー豆は、2ヶ月以上経過しているものが大半です。いわゆる酸化してしまったよくない酸味です。
この酸は、飲んだ人にとっていちばん理不尽な形で現れます。3日前まで平気だったものが、今日はおかしくなるからです。
コーヒーが酸っぱすぎます。助けてください 前までまっったく酸っぱくなかったやつが酸っぱくなりました。 2つ飲んだんですが、2つともです まったく酸っぱくなかったのにいま 激酸っぱです 助けてください、泣きそう 美味しい酸味とかじゃないです絶対……
Yahoo!知恵袋より抜粋
今使っているのは瓶詰めタイプで、3ヶ月前くらいに購入、開封を済ませたものです。コンビニのプラスプーンで量を計って使っています。味がやはり酸っぱいです。なんとなく海苔のような味もします。もしかしたら、3ヶ月で使いきれないことが問題なのかもしれませんが…どうしたら長持ちさせられるのでしょうか?
(同)
「海苔のような味」という表現は、素材の酸の描写ではありません。劣化の描写です。3ヶ月前に開封した瓶を、いま使っている。この人は自分の淹れ方を疑っていますが、原因は淹れ方ではありません。
買った時点ですでに時間が経っていることもあります。
……家で手動コーヒーミルで挽いてペーパードリップしてみたところ、酸味がアセロラドリンクを越えるくらいに感じられました。挽き方を変えて淹れ直したりしてみましたが、酸味の強さは変わりません。あの酸味だと思うと次の一杯を淹れられなくて困っています。酸味の強いコーヒー豆を飲めるようにする方法はありますか?賞味期限(1年後)を見ると自販機には当日入れたようです。
(同)

「賞味期限(1年後)」。この人が袋から読めたのは、焙煎した日ではなく1年先の期限だけで、そこから自販機に入った日を推し量っています。買う人には、その豆が焙煎から何日経っているのかを知る手立てがありません。ただし、焙煎されてから店頭に並ぶまでに2ヶ月ほどかかることを考えると、店に置いておける期間を確保するために、賞味期限は焙煎から1年ほどで設定されているものが大半だと推測できます。だとすれば、袋の期限から1年を引いたあたりが、その豆の焙煎の時期ということになります。③が「品質の問題」であると同時に「表示の問題」でもあるのは、このためです。
焙煎した豆が、置いておくだけで変わることは、保存試験で確かめられています。焙煎して挽いたコーヒーを、酸素の分圧・水分活性・温度を変えて保存し、「50%の人が受け入れられないと答えた時点」を寿命と定義した研究では、酸素分圧を0.5kPaから21.3kPaへ上げると劣化が約20倍速くなり、水分活性が0.1上がると劣化の速さが60%増し、温度が10℃上がると15〜23%増しました。
味そのものの変化も測られています。真空包装した焙煎豆を保存し、訓練された10人が30項目で評価した研究では、9ヶ月の時点で良い側の香りと味が弱まり、悪い側が有意に強まりました。18ヶ月では、酸化を示す酸敗(rancid)の匂いと味がはっきり分かるようになっています。強まった側には収斂も含まれています。
これらの研究が扱っている時間の単位は月と年で、「1ヶ月を過ぎると悪くなる」と述べたものではありません。研究から言えるのは、酸素・水分・温度が劣化の速さを決めるという関係と、置くほど良い側が減って悪い側が増えるという向きまでです。シツジ珈琲®が1ヶ月を目安にしているのは、自分たちで焙煎した豆を日を置いて飲み比べ、そこで確かめてきたからです。研究が扱う月・年よりも、ずっと短い目安です。

シツジ珈琲®がこれをどう扱っているか。保管工程をサットヴァ・キープと呼び、生豆の段階と、焙煎後の段階の2回おこないます。鮮度保持素材エンバランス(EMBALANCE)の環境で保管することで、焙煎豆のピークフレーバーは体感として約1.5倍の期間、風味が保たれています。酸素を敵として排除するのではなく、豆そのものが劣化に負けない状態でいられるようにする、という考え方です。
そのうえで、時間についての約束は、よくあるお問い合わせに数字で書いてあります。通常は焙煎後3日〜10日ほどでお届けし、賞味期限の目安は常温・豆の状態の保管で1ヶ月。粉に挽くと3日ほどで風味が抜けるため、豆のままの購入をおすすめしています。③に対しては、豆が新しいうちに手元へ届く仕組みそのものが答えになります。
見分け方 ― 冷めたときに、正体が出る
飲んでいる本人が3つを見分けられるか。ひとつだけ、はっきりした目安があります。
総じて、冷めたときに酸っぱい・渋い・まずいと感じられる場合は、豆の問題である場合が大半で、苦手と思うのは当然かと思います。
シツジ珈琲® TOKYO「よくあるお問い合わせ」より
熱いあいだは、香りと温度が舌の印象を引っぱるので、多少の粗さは隠れます。温度が下がると、隠していたものが前に出ます。だから冷めたときの味は、その豆の素の姿に近い。同じことに、自力でたどり着いている人もいます。
……深煎りで酸味は抑えられるのが基本と思いますが、それでも数種類で試したところ、例えばゆっくり飲んでいると最後冷めると何となく酸味を感じたりすることが少なくない気がします。……
Yahoo!知恵袋より抜粋
飲み比べの手順にすると、こうなります。
- 淹れたてを、砂糖もミルクも入れずに一口飲む。ここでの印象は、まだ判定に使いません。
- そのまま30分ほど置いて、常温に近づけてからもう一口飲む。
- 冷めても甘みが残っていれば、その豆は素材の酸(①)を持っていても、火と鮮度は整っています。
- 冷めて酸が立ち、口のなかがきゅっとすぼまるなら、②の収斂性の酸を疑います。
- 冷めて味がぼやけ、古い油のような匂いが出るなら、③の酸化を疑います。焙煎日を確認してください。
シツジ珈琲®が「冷めてもおいしいこと」を品質の基準に置いているのは、この理由によります。冷めたときに出るものが、その豆に何をしたかの答えだからです。
「どの銘柄なら酸っぱくないですか」に、銘柄名だけでは答えられない理由
集めた声のなかで、いちばん多かった質問がこれです。「酸っぱくないコーヒーの銘柄を教えてください」。ところが、その答えを銘柄名だけで返すと、必ず外れます。
酸味が強くないコーヒー豆がいいんですけどどんなのがありますか?知らずにコロンビアを買ってしまい酸っぱかったです。
(同)
……モカ=酸味が特徴と思っていたのは間違いだったのでしょうか!? それともブランドによっていろいろあるのでしょうか!?
(同)
コロンビアで酸っぱかった人がいて、モカなのに酸味が少ない表示の商品がある。銘柄名は①の素材の傾向をおおまかに示すだけで、②の焙煎と③の日数については何も言っていません。3つのうち2つが未記載のまま、銘柄名だけで選ばされている。これが「知らずに買ってしまい酸っぱかった」の構造です。
だから答えは、こうなります。銘柄を選ぶ前に、②と③を保証している売り手を選ぶ。そのうえで、①の好みで銘柄を選ぶ。順番が逆だと、何度買い直しても当たりません。
逆から確かめた人もいます。産地の違う2つを、同じ店で同じ日に飲み比べた記録です。
実は私、酸味の強いコーヒーは苦手💦
正直、Costa Rica豆とEthiopia豆の違い云々より、両方とも苦手な酸味が際立っている気がして、他の特徴が見出せませんでしたアメーバブログの個人の記事より抜粋
産地の違いより先に、酸が来てしまった。だから「他の特徴が見出せません」となる。産地で選ぶという行為が、そもそも成り立っていません。

シツジ珈琲®がやっていること ― 引き算という設計
シツジ珈琲®が売るコーヒー豆は、すべてノイズキャンセリング・コーヒー™です。あまみを覆い隠す要素をノイズと呼び、渋み(タンニン)・えぐみ・過度な苦味・鋭すぎる酸味の4つを指します。ノイズキャンセリングヘッドホンが音楽に何かを足すのではなく周囲の雑音を消すように、味を足すのではなく、覆い隠しているものを取り除きます。
その手段がニュートラルイーブン製法™という7工程です。今回の3つの酸に対応するのは、次の4工程です。
| どの酸に効くか | 工程 | 何をしているか |
|---|---|---|
| ①素材の酸 | 第1工程 生豆選定 | いつも変わらぬ味であることを基準に、刺激の強い方向へ振れた生豆を選ばない |
| ②焙煎の酸 | 第5工程 サットヴァ・ロースト | 下味=水抜きに通常のレシピの2倍近い時間をかけ、芯まで均一に火を入れる |
| ②焙煎の酸 | 第7工程 コーノ式かなざわ抽出法 | 必要量の約3分の1だけを抽出し、残りは湯で仕上げる。タンニンをカップに入れない |
| ③時間の酸 | 第2・第6工程 サットヴァ・キープ | 生豆と焙煎後の2段階でエンバランス保管。焙煎豆の風味が体感で約1.5倍長くもつ |
店頭でミルクも砂糖も使わないブラックのみでお出しした実績として、来店された約3,000名のうち99.9%の方に「飲めた」と評価いただいています(コーヒーそのものが飲めない方・ブラックでは飲めない方も含めた、来店されたすべての方に対しての割合です)。また、アジア最大のコーヒー国際展示会 SCAJ2024 では、無名のまま宣伝もせずに来場者へ試飲をお願いし、レビューの平均は★4.8でした。
よくある質問
コーヒーの酸味が苦手なのは、味覚がおかしいからですか?
いいえ。「酸味が苦手」と呼ばれているものは3つに分かれており、そのうち2つ(焙煎に由来する酸、焙煎後の経過日数に由来する酸)は好みではなく品質の問題です。冷めたときに酸っぱい・渋い・まずいと感じられる場合は、豆の側の問題である場合が大半で、苦手と思うのは当然のことです。
コーヒーの酸味は3つに分けられるとのことですが、それぞれどう違いますか?
1つ目は豆そのものの素材に酸が多く含まれているもので、産地・品種・精製で決まります。近年のスペシャルティはこの傾向にあり、浅煎りが苦手な方はおいしく召し上がれないと思います。2つ目は焙煎によるもので、火が十分に行き渡らず、生焼け感・タンニンを多く含むような収斂性の酸を含むものです。これは純粋に味付けの問題です。3つ目は焙煎後の経過日数によるもので、酸化してしまったよくない酸味です。1つ目は好みの問題、2つ目と3つ目は品質の問題です。
「収斂性の酸」とは何ですか?
収斂(しゅうれん)とは、口のなかの粘膜が縮こまるような感覚のことで、渋柿や濃い緑茶、若い赤ワインで感じるあの刺激です。主にタンニンなどのポリフェノールが引き起こします。収斂そのものは酸味ではありませんが、酸と同時に来ると、飲んだ人は全体を「酸っぱい」と記憶します。焙煎で火が十分に入っていない豆に多く見られます。
深煎りを選べば酸っぱくないですか?
必ずしもそうとは限りません。深煎りを買ったのに酸味を感じたという声は実際にあります。焙煎度の表示は「どこまで色をつけたか」を示すもので、「芯まで火が通っているか」を保証するものではないためです。焙煎に由来する酸(2つ目の酸)は、焙煎度の表示だけでは避けられません。
酸っぱいコーヒーは、淹れ方で直せますか?
抽出でできることには限りがあります。タンニンや渋味は抽出の後半に出てくるため、必要量の約3分の1だけを抽出して残りを湯で割るコーノ式かなざわ抽出法のように、渋みをカップに入れない工夫は可能です。ただし、豆にすでに入っている生焼け感や、酸化してしまった風味は、淹れ方では戻せません。
コーヒー豆は、焙煎からどのくらいで飲むのがいいですか?
常温・豆の状態の保管で1ヶ月が目安です。シツジ珈琲®では、通常は焙煎後3日〜10日ほどでお届けしています。粉に挽くと3日ほどで風味が抜けるため、豆のまま購入し、飲む直前に挽くことをおすすめしています。
自分のコーヒーがどの酸なのか、どうすれば分かりますか?
淹れたてを一口飲んだあと、30分ほど置いて常温に近づけてからもう一口飲んでください。冷めても甘みが残るなら、火と鮮度は整っています。冷めて酸が立ち、口のなかがすぼまるなら焙煎に由来する酸を、冷めて味がぼやけ古い油のような匂いが出るなら酸化に由来する酸を疑ってください。
酸味が苦手ですが、どの豆を選べばいいですか?
銘柄名だけでは決まりません。銘柄名は素材の酸の傾向を示すだけで、焙煎と鮮度については何も語らないためです。まず焙煎と鮮度を保証している売り手を選び、そのうえで好みの銘柄を選んでください。シツジ珈琲® TOKYO の銘柄別のご案内は、よくあるお問い合わせとあまみで選ぶにまとめてあります。
この記事の出どころ
3つの酸味の分け方は、シツジ珈琲® TOKYO のよくあるお問い合わせに記載しているものです。
引用した声について
実在の投稿から原文のまま引用しています。誤字・脱字も原文どおりで、前後を省いた箇所は「……」で示しました。書き手が特定できる情報は含んでいません。売り手の社名・店名・商品名も伏せています。
出どころは、Yahoo!知恵袋、Yahoo!ショッピングのレビューと商品説明(いずれも2026年8月7日取得)、はてなブログとアメーバブログの個人の記事(2026年8月10日取得)です。集めた全体は156件で、コーヒーを買って飲んだ人の声が120件、売り手の商品説明が36件。このうち酸味に触れているものは123件でした。レビューは★4〜5のものだけを集めているため、世の中の割合を示す数字ではありません。
参照した資料
機序についての記述は、次の資料に基づいています。数値は原論文のものです(2026年8月10日確認)。
- Birke Rune, C. J., Giacalone, D., Steen, I., Duelund, L., Münchow, M., & Clausen, M. P. (2023). Acids in brewed coffees: Chemical composition and sensory threshold. Current Research in Food Science, 6, 100485. doi:10.1016/j.crfs.2023.100485 ― 焙煎度による有機酸の増減、および酸の感覚閾値
- Yeager, S. E., Batali, M. E., Guinard, J.-X., & Ristenpart, W. D. (2023). Acids in coffee: A review of sensory measurements and meta-analysis of chemical composition. Critical Reviews in Food Science and Nutrition, 63(8), 1010–1036. doi:10.1080/10408398.2021.1957767 ― 129報8,634点のメタ分析。5-CQAが主成分であること、焙煎でクロロゲン酸類が減ること
- Anokye-Bempah, L., ほか (2024). The effect of roast profiles on the dynamics of titratable acidity during coffee roasting. Scientific Reports, 14. doi:10.1038/s41598-024-57256-y ― 滴定酸度が1ハゼでピークになり2ハゼで元へ戻ること、ギ酸・酢酸の生成
- Alstrup, J., Petersen, M. A., Larsen, F. H., & Münchow, M. (2020). The Effect of Roast Development Time Modulations on the Sensory Profile and Chemical Composition of the Coffee Brew as Measured by NMR and DHS-GC–MS. Beverages, 6(4), 70. doi:10.3390/beverages6040070 ― 発達時間が短いほど酸味・甘み・果実感が強く出ること
- Bustos-Vanegas, J. D., ほか (2025). Modeling and simulation of coffee bean heating during roasting: effect of heat generation. Frontiers in Food Science and Technology. doi:10.3389/frfst.2025.1603783 ― 豆の中心と表面の温度差16℃(同論文が引く Alonso-Torres ほか, 2013 の数値計算による)
- Manjón, E., García-Estévez, I., & Escribano-Bailón, M. T. (2024). Possible Role of High-Molecular-Weight Salivary Proteins in Astringency Development. Foods, 13(6), 862. doi:10.3390/foods13060862 ― 収斂は触覚であり、タンニンと唾液タンパク質の結合・沈殿によって起きるという説明
- Linne, B. M., Tello, E., Simons, C. T., & Peterson, D. G. (2023). Characterization of the impact of chlorogenic acids on tactile perception in coffee through an inverse effect on mouthcoating sensation. Food Research International, 172, 113167. doi:10.1016/j.foodres.2023.113167 ― コーヒーのボディの内訳、3-CQA・4-CQAと口ざわり
- Cardelli, C., & Labuza, T. P. (2001). Application of Weibull Hazard Analysis to the Determination of the Shelf Life of Roasted and Ground Coffee. LWT ― Food Science and Technology, 34(5), 273–278. doi:10.1006/fstl.2000.0732 ― 酸素・水分活性・温度が劣化の速さに与える影響
- Kreuml, M. T. L., Majchrzak, D., Ploederl, B., & Koenig, J. (2013). Changes in sensory quality characteristics of coffee during storage. Food Science & Nutrition, 1(4), 267–272. doi:10.1002/fsn3.35 ― 保存9ヶ月・18ヶ月での官能評価の変化